603 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:55 ID:UuHz4ehI

運慶が護國寺の山門で
仁王を刻んでゐると云ふ評判だから散歩ながら行つて見ると、
自分より先にもう大勢集まつて、しきりに下馬評をやつてゐた。



                 Λ Λ
              (゚Д゚,,)
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604 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:55 ID:UuHz4ehI

山門の前五六間の所には大きな赤松があつて、
その幹が斜めに山門の甍を隱して、遠い青空まで伸びてゐる。
松の緑と朱塗の門が互いに照り合つてみごとに見える。
その上松の位地が好い。
門の左の端を眼障にならないやうに斜に切つて行つて、
上になるほど幅を廣く屋根まで突出してゐるのが何となく古風である。
鎌倉時代とも思はれる。



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605 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:55 ID:UuHz4ehI

ところが見てゐるものはみんな自分と同じく、明治の人間である。
その中でも車夫が一番多い。
辻待をして退屈だから立つてゐるに相違ない。



             Λ Λ
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606 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:55 ID:UuHz4ehI

「大きなもんだなあ」と云つてゐる。
「人間を拵へるよりもよつぽど骨が折れるだらう」とも云つてゐる。
さうかと思ふと、「へえ仁王だね。今でも仁王を彫るのかね。へえさうかね。
私やまた仁王はみんな古いのばかりかと思つてた」と云つた男がある。



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607 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:56 ID:UuHz4ehI

「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。
昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。
何でも日本武尊よりも強いんだってえからね」と話しかけた男もある。
この男は尻を端折って、帽子を被らずにいた。
よほど無教育な男と見える。



       ∧,,∧
      ミ゚Д゚,, 彡
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608 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:56 ID:UuHz4ehI

運慶は見物人の評判には委細頓着なく鑿と槌を動かしてゐる。
いつかう振り向きもしない。
高い所に乘つて、仁王の顏の邊をしきりに彫り拔いて行く。



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609 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:56 ID:UuHz4ehI

運慶は頭に小さい烏帽子のやうなものを乘せて、
素袍だか何だかわからない大きな袖を背中で括つてゐる。
その樣子がいかにも古くさい。
わい/\云つてる見物人とはまるで釣り合が取れないやうである。
自分はどうして今時分まで運慶が生きてゐるのかなと思つた。
どうも不思議な事があるものだと考へながら、やはり立つて見てゐた。



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610 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:56 ID:UuHz4ehI

しかし運慶の方では不思議とも奇體ともとんと感じ得ない樣子で
一生懸命に彫つてゐる。
仰向いてこの態度を眺めてゐた一人の若い男が
自分の方を振り向いて、
「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。
天下の英雄はたゞ仁王と我れとあるのみと云ふ態度だ。天晴れだ」
と云つて賞め出した。



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611 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:56 ID:UuHz4ehI

自分はこの言葉を面白いと思つた。
それでちよつと若い男の方を見ると若い男はすかさず、
「あの鑿と槌の使ひ方を見たまへ。大自在の妙境に逹してゐる」
と云つた。



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612 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:57 ID:UuHz4ehI

運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り拔いて鑿の齒を豎に返すや否や
斜すに上から槌を打ち下した。
堅い木を一と刻みに削つて厚い木屑が槌の聲に應じて飛んだと思つたら、
小鼻のおつ開た怒り鼻の側面がたちまち浮き上がつて來た。
その刀の入れ方がいかにも無遠慮であつた。
さうして少しも疑念を挾んでおらんやうに見えた。



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613 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:57 ID:UuHz4ehI

「よくあゝ無造作に鑿を使つて、思ふやうな眉や鼻ができるものだな」
と自分はあんまり感心したから獨言のやうに言つた。
するとさつきの若い男が、



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614 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:57 ID:UuHz4ehI

「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんぢやない。
あの通りの眉や鼻が木の中に埋つてゐるのを、
鑿と槌の力で掘り出すまでだ。
まるで土の中から石を掘り出すやうなものだから
けつして間違ふはずはない」と云つた。



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615 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:57 ID:UuHz4ehI

自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思ひ出した。
はたしてさうなら誰にでもできる事だと思ひ出した。
それで急に自分も仁王が彫つてみたくなつたから
見物をやめてさつそく家へ歸つた。



                 Λ Λ
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616 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:57 ID:UuHz4ehI

道具箱から鑿と金槌を持ち出して裏へ出て見ると、
せんだつての暴風で倒れた樫を薪にするつもりで、
木挽に挽かせた手頃な奴が、たくさん積んであつた。





             ,;二ニニ二ニ(@
            ,;;二二ニ二二ニヾ
           l二二ニ二ニ二ニニ;;

 
617 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:58 ID:UuHz4ehI

自分は一番大きいのを選んで勢ひよく彫り始めて見たが、
不幸にして仁王は見當らなかつた。
その次のにも運惡く掘り當てる事ができなかつた。
三番目のにも仁王はゐなかつた。
自分は積んである薪を片つ端から彫つて見たが、
どれもこれも仁王を藏してゐるのはなかつた。
つひに明治の木にはとうてい仁王は埋つてゐないものだと悟つた。
それで運慶が今日まで生きてゐる理由もほゞ解つた。



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618 名前:雑魚 投稿日:02/03/17 15:58 ID:UuHz4ehI

  ┌─────────────────────‐
  |夏目漱石の『夢十夜』より 第六夜でした。
  |なぜ明治の木には仁王は埋まってなかったのか。
  |なぜ運慶は生きていたのか。
  |一度考えてみてはいかがでしょうか。
  └──v───────────────────

    ミ´-`彡
   、──‐φ─ 、
   l \       \
   ヽ l ~ ̄ ̄ ̄ ̄l
       ̄ ̄ ̄ ̄

 
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